1. 現代版遊里考察

  「吉原」は言わずもがな、江戸時代の新吉原遊郭の流れを汲み、 今日でも日本随一の規模を誇るソープ街となっているのは、有名なお話。 本邦には、約1300〜1400軒のソープ店があるといわれていますが、 吉原にはその約10%の150軒が集積しており、店の平均ランク(といっても金額だけで見た場合ね)も、 ズバ抜けて他地域を凌ぎ、6万円以上の高級店がザラにある、高級ソープ街となっています。

  これは何も今に始まった傾向ではなく、吉原は遊郭時代の昔から日本一だったのです。 「江戸遊里盛衰記(講談社現代新書刊)」中の資料によると、江戸後期に「諸国遊所番付」といった類の、 いわば盛り場ランキング・番付表が幾つも発行されていた記録があり、常に吉原(新吉原)は横綱に位置付けされていたそうです。 因みに、出典により異なりますが、以下京都・島原、品川、祇園大阪・北新地、筑前博多……と続き、 今も盛り場として賑わいを残す場所も多くあります。

  現在日本にあるソープ集積地を調べていくと、ある共通点が浮かんで来ます。 それはそのほとんどが元遊郭・遊里の流れを汲んでいるということ! 日本の有力ソープ街を挙げていくと、 吉原を筆頭に、川崎・堀の内・南町、博多・中洲、札幌・薄野、岐阜・金津園、滋賀・雄琴、神戸・福原……と続きますが、 例外はモータリゼーションの進展に目を付け、なんもない滋賀の琵琶湖々畔国道沿いに建設された雄琴のみで、 その他は間違い無く江戸・明治の遊里をルーツにしているのです。 何も大きいソープ街に限らず、地方の中規模のものや、 一軒だけなぜかポツンと旧街道沿いにある店なども(本庄や深谷など)、もとは遊里であったことを今に物語っているのです。

  何か話が飛んじゃったけど、吉原は今も昔も格が高く、そこら辺のものとは違う(平均的にみての話ね) と言えましょう。若い女の子が多く集まり、要求される仕事のレベルもかなり高いのです。ある程度年齢がいってしまったり、 仕事が出来なかったりすると、女の子はランクを落とした地方のソープに移っていく傾向があるようです。 これも面白いことに 昔の遊郭でもあったそうで、近松門左衛門の「曽根崎心中」に出てくるお初も、元々は吉原に肩を並べた 京都・島原にいて、歳を取った(でもまだ21?)のでそこからランク下の大阪・北新地(曽根崎新地)にやってきたという設定なんですよ。

  まあソープ街の歴史地理学についてはいろいろ語り尽くせませんが、 また何かの機会に触れてみたいということで、一旦ここでおしまい。

  それでは、最後に「葉巻吸い放題?」「お座敷運動会みたいな余興はあるの?」といったFAQ(?)に お答えしておきましょう。 中級店(3〜5万円程度)以上の待合室では、タバコは吸い放題だし、飲み物ものみ放題です。 格安店だと、飴玉なめ放題にとどまることが多いですよ。6万を超える高級店ともなると、高級酒のサービス、 お客同士が鉢合わせせぬよう配慮した個室待合室、送迎車のレベルアップとさらに豪華に。とある川崎・堀の内の超高級店では、 待ち時間中バイオリンの生演奏付きといったモノ凄い演出もあるようだす。

  でも僕が1番驚いたのは、ボーイさんの接客態度。全ての店がこうではないと思うけれど、 飲み物やおしぼりを持ってきて渡す時、跪(ひざまず)くのだよ。女の子の準備が出来て呼ばれる時なんか廊下で、 「○○様、大変お待たせ致しました。ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ!」と、土下座に近い態勢で言われるんだよね。 これにはさすがに面食らったけれど、これもソープの世界ならではのサービスなのかもね。よその業種ではまず見ないよ。

  次に、お座敷運動会みたいな余興は?なんだけど、いまのソープ店のシステムでは、ほとんど「無し」   今のソープは予約して店に入れば、待つことは無いので、余興なども無いことになるね。でも昔の遊郭では、 すぐにその行為に至るのでは無く、それまでにいろいろ飲んだり、騒いだり、芸者(芸のみ)を呼んで唄ったり、ゲームをしたりと、 むしろその行為へのプロセスを重視していたそうだね。それが「粋な遊び」として位置付けられていたんだ。

  ただ、江戸も終わりの頃の吉原では、そんなの省略してしまって遊ぶ風潮もあったとのこと。 まあ、今でも余興はまったく無いといったらそうでもなく、お金持ちの人が女の子を何時間も貸しきりで抱えて、 いろいろおしゃべりに熱中したり、一緒に食事をしたり、お酒を飲んだりと……昔の吉原の余興に通じることをする人もいるみたいだね。

2. 小名浜アングラ(?)リポート


|噂は本当?|

当初は、ホントにお刺身定食だけ食べて帰る予定だったのだ。でも、心に引っかかってたのが、
「小名浜は旧赤線地帯にソープ街を形成しており、東北地方最大の規模を誇る」
という何かで読んだ記事。それを今回、実際に確かめてみようと決心したのだった。


|消された職業|

突入を決心したはいいものの、肝心の所在地がわからない。
でも大丈夫!  タウンページの「個室付き浴場」の項目で調べれば、連絡先がわかるもんね。
というワケで、港の市営市場脇の電話ボックスで検索開始――ありゃ?
肝心のページが破られている……はは〜ン、さては気の逸った先客が抜き去ったのだな。
仕方ない、隣の電話ボックスへ移動しよう、、、ってココのも破られてるぞ!
更に隣のボックスへ。これも破られている!!  ……おかしい。

「これには何かあるぞ!!」

場所を換え、別のボックスのタウンページをめくる。
――ここも駄目であった。肝心のページが破かれているのだ。
職業別欄だけでなく、50音別欄も同様に、手で引き千切られたような箇所が見受けられた。
結局、市内どのBOXも同じ状態であった。

恐らく、教育委員会等の公的団体、もしくは地元のボランティア(?)が関与し、
環境浄化」のために行ったことであろう。それにしても、こんなケースに遭遇したのは初めてである。
驚きとともに、背筋に何か寒いものを感じた。

確かに18歳未満お断りのお店で、子供たちに要らぬ興味を抱かせる必要は無い。 だが、お店の存在自体は全くの合法であって、営業していることに何ら問題は無い。 そこで働いている人々は、その職業で一生懸命に生きているのだ。 それなのにその“職業”を、職業別電話帳から抹消してしまう行為には、非常に卑劣でまた差別的な意図を感じるのである。

ソープが未成年に悪影響だとしてこんな事をするんだったら、本屋やコンビニのエロ本はどうなるんだ! AVは!えーっ! 無くしたいのなら先ずそっちが先じゃないの?  いかがわしいと言って電話帳を破くテめーの心根のほうがよっぽどいかがわしいわい!

……ハァハァ、、、まあ本題からそれてしまったが、この電話帳破きの真相は正直いって良くわからない。 全て私の想像でものを言っている。しかし、1つだけ言っておきたいのは、もしこの行為に差別的な意図が含まれているのならば、 私は許さない!と言うこと。 皆さんはいかが思われます?

最終的には、執念で50音別欄に消し漏らしの店を発見!!
すぐさま連絡を取り、システムと場所を把握して突入の準備はようやく整ったのだった。


|船乗りたちのオアシス|

件の店は、港からすぐの場所にあった。場末の飲食街といった雰囲気の区画に、スナックやバー、 料亭などに混じって20軒程ソープ店が林立していた。建物もかなり老朽化しており、吉原やススキノ、 川崎堀の内のような活気は無く、千葉栄町、大宮北銀座のような哀愁のこもった雰囲気が漂う、噂通りの町並みであった。

ちなみに、小名浜というのは市の名称ではない。いわき市の中心部から離れた港湾一帯の町名である。 中心部から離れたこの場所に、これだけの規模の歓楽街が形成されているのは、やはり港を中心にした需要があるからだろう。 この地の歴史については、未調査ゆえ詳しくわからないのだが、現在の町並みや、他の同様な地域を参考に考えてみると、典型的な 「旧遊郭、または赤線立地型ソープ街」と判断して間違いは無いであろう。詳しくは「1. 現代版遊里考察」を見てネ。

各地の港町にはこのような歓楽街がある(もしくはあった)ケースが非常に多くみられ、古いものは元遊郭、 赤線の歴史を汲んでいるものが多いのである。ただ、それらの全てが、そのままソープ街に変貌したというわけでは無い。 一般的な歓楽街として残っているケースも多く、小名浜のような港のソープ街になったのは筆者の知る限り小倉、 下関、清水、鹿島(銚子)、新潟くらいのものである。


|鎌倉御殿新館|

ソープ集積地帯に来ると、当然の事ながら客引きの攻撃にあうもの。オッサンたちが来るわ来るわ、
「若い子いるよ。どう、お客さん?」
「ぐるっと1周してから考えるよ」ときり返す。 ここの客引きはそれほどしつこくないし、タチの悪いのもいないようだ。1周したのは本当だったが、目指す店は決まっていた。 先ほどTELした店「鎌倉御殿新館」だ。「鎌倉〜」は全国各地にあるチェーンで、まあ安心できる店だろう。

店の近くで客引きのおばちゃんに合流。一緒に店へと向かう。和風作りの建物でかなり古そうだが、雰囲気は十分だ。 玄関の前には池があってが泳いでいる。


!慶応大学|

「すぐにご案内できますからね」とおばちゃん。 待合室で過ごすこと30秒、すぐにご対面。
「いらしゃいませ――」 20代後半から30代前半のちょっとやせ型の人だ。彼女に案内されて個室へと向かう。
次の瞬間、なんとまあ奇妙なものが目に飛び込んでくる事に! ――入り口の扉に「慶應大学」の4文字。
な、なんじゃこりゃ〜! 一瞬面食らったが、すぐにピンときたぞ。この手の店には、各部屋に名前が付けられている ことが多いのだ。私の経験では同じ和風ソープで、温泉地の名前。湯河原、熱海……といったようにね。学園ふうイメクラでは 「三年一組」ちゅうのもあったな。まあ、ここは何故か良くわからんが、大学の名前を付けているんですね。 ちなみに、隣の部屋は「跡見女子大学」であったぞ。


|福島の女|

60分しかないので、早速プレイ開始!
彼女によれば小名浜は全て60分16,000円で統一されているそうな。組合かなんかで取り決めがされているのだろう。 ベテランを感じさせる彼女は、実にしっかりとした仕事を見せてくれた。

「○○だっぺ」と福島弁丸出しの彼女は、小名浜に来て5年だそうだ。もともとは茨城出身とのことだが、 まあこうして話をしていると福島に来たな〜と実感が沸いてくる。白河の自動車教習所で、訛りたっぷりの先生の話を理解するのに苦労したことを思い出しましたね〜。

小名浜の土地柄、船乗りやトラックの運転手のお客さんが多いとのこと。今は忙しい時期だが9月になったらヒマになるので、お店の女の子たちと旅行に行くのが今から楽しみだそうだ。いろいろと楽しく話ができたぞ。
美咲さん(彼女の源氏名)、旅の終わりに思い出をありがとうね。

傷つきし 我が身やさしく 包みしは おな浜に咲く一輪の花


|旅の終わり|

彼女と黒猫(店で飼っている猫か?)に玄関で別れを告げ、店を後にした。
店の前の池で、地元の子供3人が楽しそうに遊んでいた。
しばらく街を歩いていると、さっきのオッサンに出会った。
「どう。一回りしてきた?」
「うん。でも入ってきたよ」
「そうか。今度来る時は、うちの店に来てね」とオッサン。

空は一面雲に覆われ、風が涼しく感じられる。もう夏も終わりだな。
秋への足音を感じつつ、哀愁の小名浜遊里を後にしたのだった。


3.潜入! 台湾式エステ


 皆さんは「○○式エステ」と銘打った看板をご覧になったことがあるだろうか? 90年代後半から雨後のタケノコの如く、街に増殖していったものだ。さすがに近年は頭打ち傾向だが、比較的大きな繁華街には必ずといっていいほど見かける。筆者は1998年の秋頃にこの類の店を初体験し、それから1年の内に、かれこれ通算7回行ってしまった。これらの体験をもとに、この業種の様子や私なりの発見を皆さんに紹介してみたい。

 エステといってもタカノユリやTBCのように減量・美顔・痩身等を目的としたものとは異なり、指圧・オイルによる疲労回復マッサージを行うのがこれらの「○○式エステ」の特徴だ。また、そのほとんどが男性専門店となっている。「○○式」と言っているのは、標題のような台湾式もあれば、香港式、中国式、韓国式といったものもあるからだが、基本的にジャンルとしてはどれもマッサージであり、さほどの違いはない。但し、韓国式のみ、ある独特な特徴を有している。

 筆者は過去7回のうち、台湾式2回、中国式1回、韓国式3回、香港式2回を体験したが、その中から大宮の台湾式エステ「MAKI」の潜入レポートをお伝えしよう。  店は大宮駅西口から徒歩約5分。雑居ビルの5階にある。うす汚いエレベータが不安を駆り立てるが、概してこのような店はこのような所に在るものなので、特別驚くことは無い。入り口から30代半ば位の中国人女性の姿が見えて、中に通される。彼女らがマッサージを行うエステティシャンだ。このような店では、台湾式では台湾・中国人女性が、韓国式では韓国人女性が担当をし、日本人や男といった例外は聞いたことも見たことも無い。

 先ほどの女性に代わり、迎えてくれたのは20代中盤〜後半のほっそりとした女の子だ。黄色いポロシャツに黒いスパッツ姿で、ごく普通だ。以前行った中国式では女の子が超ミニスカートに加え、胸の強調された服装だったもので、筆者の下半身が困ってしまったというアクシデントもあった。 メニューから、「60分オイルマッサージコース」を選択し、シーツ代の500円と合わせて7500円を女の子に支払う。それから足をお湯で軽く洗ってもらい、マッサージ部屋へGO!

 部屋はカーテンで仕切られた簡単なもので、中にはベッドと着替えをいれておくカゴがあるのみ。そこでパンツ姿になって、うつぶせに寝るように言われる。彼女は簡単な日本語なら問題無く話せるようだ。「きょうは遊びの帰り?」「うん、パソコン屋さんに行ってた」「ああアルシェの1階にあるね。そこね」

 話はさておき、早速マッサージが始まる。体の上から薄いタオル地のシーツがかけられ、まず背中から首にかけてのマッサージだ。細い体からよくこんな力が出るな〜と思えるような力のこもったマッサージ、いや力は関係なく的確に急所を押さえたマッサージなのか? とにかく彼女たちはプロである。お金を払った価値あるぞ! きもちー!

 以前中国式の店で女の子(例のナイスバディちゃん)に訊いた話では、その彼女は中国東北部(旧満州)はハルビン出身で、そこの病院でマッサージの仕事をしておったそうな。今回の台湾式の女の子には訊きそびれたが、とにかく何らかのマッサージの経験はあるのだろう。この類の店では、どの女の子もマッサージの資格を持っていると宣伝している。100%全てが本当かと言えば疑わしいが、その腕前から察するに、大方は真実なのでないかと思う。

 さてさて、手によるマッサージの後は、「○○式エステ」に特有の足ふみ式のマッサージだ。女の子は「失礼します」と、わしの背中にグイッとのし上がると、転落防止に天井に付いている手すりにつかまる。足を使ったマッサージは、手よりも力が掛けられるため、更に気持ちがよろしい。特に首・肩あたりのツボをつま先でグイグイッとやられるのは堪らない! それから、足の裏を足で踏みほぐされるのも最高の快感である。あーたまりまへんでー。

 一通り足で全身を踏まれまくったら、今度は各部分ごとのオイルマッサージが始まった。始めは首から背中にかけてオイルを塗っていき、手で何度も擦るように、あるいは揉み解すようにマッサージをしてゆく。足でのマッサージほど痛気持ち良くないが、溜まったコリを飛ばすように、ゆっくり時間をかけて揉んでくれるのだ。その気持ち良さのあまり、眠気が襲ってきた。これまでにも途中で眠ってしまった経験は幾度とあり、今回も5分ぐらいであろうか、不覚にも眠りに落ちてしまった。当然、枕にはヨダレの跡がベッチョリとついていた(でも最高で30分間も寝てしまったこともあるのだ!) ――と、ここで彼女のささやきが耳元で……

 「そろそろお時間です。延長します?」

 ヒエー!もう60分経ったのか! 最高に気持ちよくなったところでいきなりおしまいとは! 足のマッサージも残っているし、仰向けになっての全身もまだだぞ! ここまできて止められるワケがない! ……快楽にドップリ漬かっている者には、理性は無効なのか? 筆者は躊躇せずに「はい延長お願い」と言い、追加の7000円を手渡したのだった。

 平常心ではここでやめておいてもいいと思うかもしれない。しかし一旦快楽の花園へ入ってしまったら、よほどの強い意志と理由が無い限り、抜け出すのは難しいのだ。実際やったことがないからわからんが、恐らく麻薬なんかもこんな感じに近いのではなかろうか。  それにしても、ここまで快楽でフニャフニャにしてしまうマッサージテクも素晴らしいが、一番気持ち良くさせたところで「延長します〜?」とは……さすがその商魂には恐れ入る。華僑はやはり商売上手なんか?

 と、言う訳で筆者は60分の延長をお願いしたのだった。「ここでやめるのはもったいない!」――なんか脱衣マージャンゲームでコンティニューする心理にもあい通ずるかもしれまへんね〜。


4.全日本カプセルホテル愛好会会報(1)



全国3000万のカプセル・ファンの皆様。こんばんは。
今宵もあなたをカプセル・ワールドへとご招待しましょう!
さあ!あなたは果たしてどんな世界を目にするのでありましょうか?
それではいきますかーお客さーん!(今回はひと味ちがう?)


―― けむりに霞む哀愁の街 ――  大宮・北銀座歓楽街 

§2月10日水曜日午後11時37分 田町駅

 その日は久々に酔っぱらっていた。飲み屋からどうやって大宮行きの京浜東北線に乗ったのか、全く覚えていない。接続の終電は終わってしまっており、どう考えても家に帰ることは出来ない事実を知った(=頭が少し醒めた)のは、何と浦和駅に着いた頃のことであった。ものすごく気分が悪い。今にも吐きそうだ。このまま電車に揺られるままではリバースしてしまう。そこでひとまず浦和で下車し、休憩し身体を休め(何とか吐かずに済む)、次の電車で終点の大宮へと向かった。


§終着駅

 さて大宮に着いた。しかしながら、自宅への接続電車(厳密にはモノレール)はとっくに終わってしまっている。タクシーを使えば安く見積もっても八千円はかかるだろう。途方に暮れながら、しかもちょっと吐きそうな私は、何処か泊まれる所を捜そうと決意する。


§銀座

 かねてより、大宮には3つのカプセルホテルの存在を確認していた。さあーて、今日のターゲットは何処でーい! 少し酔いが醒めたか。大宮東口の繁華街は、大きく南北二つに分かれており、北銀座南銀座(通称、北銀と南銀)と称する。前者は歴史的には古いのだが、後者のほうが圧倒的な賑わいを見せている。北銀は今では寂れた感すらある。  ――決めた。 私は何かに引き寄せられるかのように、北銀唯一のカプセル「大宮カプセルホテル」に向かった(足がフラフラであったが……)


§ネオンの消えた街

 大宮東口より北へと足をすすめる。南にゆけばすぐに南銀の街が広がっているのだが、北銀は駅のそばには無く、まだまだ先に存在する。すでにシャッターの降りた商店街の中をどんどん通過し、大きなガードに行き着く。これは大宮では有名な大栄橋で、大宮駅を跨ぐ唯一の陸橋である。その橋の半円状の隘路を抜けると目指す北銀に辿り着くのだ。

 駅から約5分。やっと辿り着いた北銀の街は眠りにつこうとしていた。街の灯りは既に消え、街を歩く人もまばらである。まだネオンの絶えない南銀に対し、北銀の街は深夜零時をもって眠るのである。なぜ?その答えは明治期に遡る。


§花街

 北銀の歴史は南銀よりも古い……と先に述べたが、発祥は明治期。大宮に日本鉄道大宮工場(現JR東日本大宮工場)ができると、地元の業者らによって花街建設の機運が高まり、ここに北銀の原型ができる。貸座敷が軒を並べ、大宮随一の歓楽街として賑わいをみせたが、群馬に続いて埼玉県が廃娼制度を施行したため、表向き一旦は沈滞するが、再び活況をとり戻す。戦後、特殊飲食店街(いわゆる赤線地帯)に指定されるが、売防法の施行によりまたも陰りをみせる。しかし不死鳥の如くまたも甦り、特殊浴場(いわゆるソープ)街へと変貌し今に至っている。


§湯の町エレジー

 このような経緯を持つ北銀は現在に於いても、一種特異な地域であり、通常の繁華街・歓楽街としては捉えられない。営業時間も風営法により深夜零時までと規定されており、これが北銀が一斉に灯りを消してしまう理由であるのだ。
 街の規模は南銀に比較してかなり小さく、中心部に20軒あまりのソープの店舗が密集しており、それを取り囲む様に、大衆酒場と木造低層住宅が集まっている。この光景はやはり只の歓楽街ではない。周辺の町並みとはなにか見えぬ壁で区画されたかのごとく、世間から逸脱した空間、いわばある種の租界地を形成しているかのようだ。不思議なことにあまり淫靡な空気は感ぜられず、何か懐かしい・少しもの悲しい哀愁がそこには漂っているのである。
 どの店もネオンは既に消えている。どこかでシャッターを降ろしている音が聞こえた。仕事を終え、帰路についた女性がすれ違っていく。


§カプセル・イン

 「大宮カプセルホテル」はその街の西側に位置する。道路を挟んですぐの所に「サウナ・ワコー」があった。そしてフロントにやっと着いたのときは既に午前1時をまわっていた。さてと、いつもなら館内のチェックを始める所であるが、今回は飲み過ぎで気分が良くない故、無意識のうちにカプセルへと直行。カプセル・イン!とともに眠りに落ちていった。


§風呂がない?

 朝6時10分にアラームが鳴り目覚める。はて、自分はすぐに眠ってしまいセットするのを忘れたはずだが……どうやら前の客がセットしたものが生きていたようである。
 ではそろそろ風呂へ行こうか。……え!風呂がない? そう、ここには風呂・サウナが設置されていないのである。フロントへ行くと、「お風呂・サウナは隣のサウナ・ワコーをご利用下さい。無料です」との張り紙。
 風呂が設置されていないカプセルは新橋で一軒、体験済みだが、別棟の施設を利用するシステムはこれが初めてだ。そういえば、駅からも離れたはずれの歓楽街に、カプセルホテルとサウナという類似した施設が隣接するのは奇妙である。最初から風呂・サウナはワコーを利用する様に設計されたのであろう。もしかしたら経営者は同じかもしれない。 ロッカーにあるバスタオル抱え、ワコーへと向かう。


§掟破りのサウナ 

 ワコーへ着いた。カプセル客用の下駄箱にスリッパをしまう。
 「いらっしゃ−い」と大きな声がする。フロントへ足をすすめたその瞬間凄い光景が目に入ったのだった。な・何と!入れ墨のオッサンがいるではないか!しかもフロントのオヤジと楽しそうに会話している。カプセル・サウナにある程度馴染みのある方ならお解りであろう。基本的に入れ墨は御法度である。

 その常識を玄関から入るなり「ワコー」は破ってくれた。殆どのカプセル・サウナには入口 に、「入れ墨のある方・泥酔者・暴力団及びその関係の方はお断り」の旨が掲げられているのだが、「ワコー」には無いのである。そう言えばカプセルの方にも掲示が無かったかもしれない。

 驚きつつも中へと入っていく。浴場・サウナの入口から中を覗けば、いたいた。4人の客を確認したが、更に2人の入れ墨おじさんを発見したのだった。浴場へ入る。スピーカーが割れんばかりの大音響でド演歌をかなぐりたてている。浴室の壁の至るところにカビを認め、ラドン風呂の壁なんか真っ黒であった。一瞬入るのをためらわさせる。


§任侠たちの解放区

 風呂から上がり、脱衣場へ向かう。先に上がった入れ墨のおっさんが服を着ようとしている。するとそこへ別のおっさんが来た(入れ墨無し)「やあ、お早う」「お早うございます」とあいさつが交わされる。どうやら顔なじみのようである。間もなく入れ墨のオッサンは3階の食堂へと消えていった。

 「ワコー」の施設の貧弱さ、古さ、汚さ、は一般のサウナ・ラドン温泉のレヴェルを大きく下回り、いわゆる普通の人を寄せ付けぬイメージすら漂っている。しかし、「ワコー」に集う人々は安らぎを得たかのように満足そうな表情をしている。彼らにとっては「ワコー」こそ安息の地であるのだ。

 「ワコー」は世間一般的な「明るく・健康的・健全」さを拒絶し、敢えてその正反対を突き進むことによって、そのIdentityを確立しているのかも知れない。世間に見放されようと、一部の彼らをはじめとする人々に安らぎの場を提供しているのだ。


§傷つきし者たちの楽園

 北銀の街に明るさ・賑やかさと言う言葉は似合わない。先にも述べたが何か陰のある、寂しさのこもった哀愁漂う街である。「ワコー」に集う者も何か陰のあるような雰囲気を十分にもっている。
 何もこれは「ワコー」に限った事では無いだろう。北銀にある店は少なからず「ワコー」と同質であり、何か世間から逸脱した、人生に疲れた、何かしら訳あり等々の人々を、暖かく包んでいくのである。
 街に集う人々……サウナのオッサン、泥酔者、ソープに向かう客、またその従業員、ボロボロのスナックでカラオケを歌う人たち……。それぞれの人生に何かを背負った人々は、一時の安らぎを求めこの北銀という世間からの解放区に集うのである。
 かく言う私も何かの因果でこの北銀へと導かれたのかも知れない。


§北銀・いのちの鼓動

 そろそろチェックアウトの時間となった。殆どの客は既にカプセルを後にしていた。私の靴が玄関に揃えてあった。このカプセルは昼間は営業しないらしく、10時をもって閉館とのことだった(大半のカプセルは昼間はサービスタイム、もしくはお昼寝タイムと称して営業している)
 しばらくの後、カプセルをあとにした。まだ少し頭が重いが、酔いは半分位醒めた感じだ。

 もうこの街にいる理由はない。しかし、何か名残惜しい気分になり心なしか足取りがゆっくりとなる。このまま真っ直ぐに大宮駅に向かわずに、ぐるっと北銀を一周して帰ろう。
 昨夜私がこの地に着いたときは、街は既に眠りに就いていた。朝を迎えて時間も少し過ぎた今は、ゆっくりとこの街は動き始めていた。何軒かの店は営業を始めており、ネオンが目立たずに灯っている。

 北銀の街をひとまわりするにはさしたる時間を要しない。私の束の間の旅も間もなく終わろうとしている。街の出口近くの、老朽化したソープのボイラー室より延びる煙突から、蒸気がもうもうと吐き出されていた。

 北銀の街は次なる旅人を迎えようとしていた。
天気予報では午後から雪になるとのこと。灰色の寒空に真っ白いけむりが昇っていった。

― 完 ― 


5.潜入! 新橋通称「サボリビル」
at 1999 10/03 16:30

 さて、私は仕事柄日中(特に午後)は外出していることが多く、その成果についてちょっと皆さんにレポートしたい。名づけて「おサボりレポート」

 私がよく出現するエリアは神保町、青山、新橋、日比谷、溜池、芝公園であるがこれらは私の重要なサボリ拠点でもあるのだ。今日はこの中から、オヤジタウン「新橋」をチョイスし、ご紹介したい。

 新橋といったら、日テレ夜のニュースでやる「酔っ払いの主張」に見られるようにオヤジの街として勇名を馳せているが、そのオヤジタウンの機能を一挙に集約させたインテリジェントオヤジビルディングがここに存在する。その名は「ニュー新橋ビル」 通称オヤジビル、またはサボリビルとも呼ばれている。新橋駅前SL広場横にあり、ホームからよく見え、「電車でGO!2」にも背景として登場している。

 私は何度もこのビルに出入りしているが、これはオヤジの全て欲求が満たされるビルだと断言できよう。ビルとは言ってもテナントはほとんどが商店であり、デパートと言うような、いやむしろビルに入った商店街といった雰囲気である。

 主なテナントは、飲み屋・ゲームセンター・サラ金・ネクタイ、帽子屋・金券ショップ・マッサージ・本屋・囲碁、将棋道場・風俗店・名刺、ハンコ屋等など……。
 これらのラインアップをご覧になってどんなものか大体お分かり頂けるだろう。若い女性を狙った、化粧品屋やブティック等は皆無である。このビルにさえいればオヤジに必要なものは全部揃う。食う・働く・遊ぶは全て満たされるいわば「オヤジたちのオアシス」なのだ。

  この中でも特に凄いのはゲーセンである。同ビル内には大小10を越すゲーセンが存在し、 客のほとんどがサラリーマンというのが特徴で、このビルが「サボリビル」と呼ばれる所以でもあるのだ。 オヤジ相手のゲーセンらしく、置いてあるゲームも将棋や麻雀、パズルの類が多く、中でも、 「扇屋洋品店」というゲーセン(もとは洋服屋だったのか?)は麻雀ゲームしか置いていない。 しかも、最近見かけなくなった昔のインベーダーゲームのようなテーブル筐体だ。これが店内に約20台あるのだが、 全て同じ方向を向いて設置されており(教室の机の配置みたいにね)、背広姿のおサボりオッサンたちが みんな着席してゲームに興じている姿は圧巻である!!

  ここは一体どこなんだー! おまえたちは何物だー! と、
なんともいえぬ異次元空間、あるいは魔空空間に突入してしまった感を覚えること請け合いだ。
でもそんなオッサンたちも、このビルではとても満足そう。結構カワユク見えちゃうのだった(はぁと)

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